写日記@ポーランド

ポーランドの自然、鳥や動物達の写真を中心にした永住者のブログです。

今日はショパンの命日~聖十字架教会 



今日、10月17日は今から161年前にショパンが39歳で亡くなった日だ。
私が通っているワルシャワ大学の正面隣にある聖十字架教会
この教会の中にはショパンの心臓が安置されている


ワルシャワでは現在、5年に1回のショパン・コンクールが行われているが
予選参加者の中で最大だった日本人ピアニスト達は第3次予選に全く残れなかった
残念である。

だが、このコンクールの所為か日本人観光客がこのところ多かったような気がする。
夏の旅行シーズンが終わっているので、絶対数が増えたとは思えないが
全般的に観光客が減っている中で、コンクールを目当てに来ている日本人が多いと思う。

そして、日本人観光客の多くはこの聖十字架教会を訪れている。



この聖十字架教会の内部は特別な行事がない限り、自由に入ることが出来る。
ショパンは7歳から17歳まで現ワルシャワ大学の中にある建物に住んだ後
20歳の時からワルシャワを離れるまで
大学の正門の正面、聖十字架教会のすぐ隣の建物に住み続けた

この聖十字架教会はショパン一家が通った教会だった。



教会に入って左側の2番目の柱。ここにショパンの心臓が入った壷が安置されている。
そこに彫りこまれた銘板にはマテオの福音の一節が刻まれている

あなたの宝のある所には あなたの心もある

ショパンはパリで死亡したが、姉のルドヴィカがショパンの希望を聞き入れて
ポーランドに心臓を持ち帰った

ショパンにとって「宝」はやはり祖国ポーランドだったのだ。

しかし、当時のポーランドは3国分割下ワルシャワはロシア帝国の支配下だった。
そのため、ロシア政府の反応を恐れ、ショパンの心臓はルドヴィカの家に置かれたままだった。

心臓がこの聖十字架教会に安置されたのはショパンの死後30年近く後のことだった



この教会の入り口は少し高くなっているのだが、そこに十字架を背負ったキリスト像がある。
教会の正面の下から見上げると、キリストは天を指しながら人々を見つめている。

だが、私はこの角度から見たこのキリスト像が一番好きだ
自分の磔に使われる重い十字架を背負いながら、行くべき道を指差しているように見える。

但し、「十字架の道行き」14場面の絵の中にキリストのこのような姿はない。



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[ 2010/10/17 04:37 ] ショパン生誕200年 | TB(0) | CM(20)

世界のショパン像 



ショパン生誕200年の今年、ポーランドのみならず世界各地でいろいろな催しが行われている。
ショパンの銅像ポーランド国内だけでなく、世界各地にあり、更に増えつつあるようだ。

この夏、一番素晴らしいといわれるワジェンキ公園のショパン像の周りで
世界のショパン像写真展が行われていた。その写真展から幾つか御紹介したい。

これは地中海のスペイン領マヨルカ島にあるショパン像
ウーン、瞑想中? ちょっと難しい顔をしているショパン像だ。



ショパンは1838年に愛人のジョルジュ・サンドとともにマヨルカ島に滞在したが、結核の療養中だった。
しかし、結核はよくならず、半年ほどでマヨルカを後にしパリに帰っている
この時マヨルカで作った代表的な作品が「雨だれのプレリュード」である。

ショパンの滞在地は記念館になっており、ショパンが使っていたピアノや直筆の楽譜等が展示してある。
このピアノがそうなのだが、この夏マヨルカ島で休暇を過ごした私の家族が撮ってくれたもの。

ところで、最初の写真のショパン像の鼻の部分の色が少し薄くなっているが、家族の話だと
このショパン像と一緒に記念写真を撮る人が列を作っており
その人達が必ず鼻に触れるため、表面の色が取れて地金が見えるようになっていると言うことである。





世界のショパン像の続きだが、左側はルーマニアのブカレストの公園にあるショパン像
1956年に地元の彫刻家によって作られたものだと言うことだ。

右側は上海にあるショパン像。これまた地元中国のアーチストによって2007年に作られている。
瞑想中のショパン、角材のような形はピアノの鍵盤のイメージなのだろうか?




左側の白黒写真はブラジルのリオデジャネイロにあるショパン像
1944年だから第二次世界大戦中である。ポーランド人によって作られたようだが、詳細は分らなかった。

ポーランド国内にもあちこちにショパン像がある。
これはワルシャワの南100キロ程の所にあるラドムのショパン像。共産主義時代の1978年作成。
大変に印象的で芸術的な銅像だと思う。



これは今年の秋に、オーストリアの首都ウィーンの公園に設置されるショパン像の予想図だそうだ。

とてもシュールな感じ。ショパンと平和のシンボル、ハトのシルエット
ショパンの音楽が世界の人々を結び、平和をもたらす?



で、これがワジェンキ公園のショパン像
やはりこのショパン像が私には一番馴染みがあり、好きだ。

夏の間に少し弱っていたバラ達も秋の涼しい気候で再び元気を取り戻し、赤い花を咲かせている。


注。この9月3日、ポーランド中西部の町ジフリンでショパン像の除幕式が行われたそうだ。
銅像は19歳のショパンをモデルにしたものだそうで、ポーランド政府観光局のブログで紹介されている


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[ 2010/09/08 04:49 ] ショパン生誕200年 | TB(0) | CM(20)

ショパンの名前を持った空港~一時閉鎖で混乱 



ポーランドの表玄関、ワルシャワのフレデリック・ショパン空港
新しいターミナル2の拡張工事がほぼ終わり、すでに本格的な使用が始まっている。

だが、最終的な滑走路工事のために今週末から週末毎に3回続けて深夜から早朝まで閉鎖される
これに伴って、週末のフライトスケジュールが大幅に変更になったり
深夜から早朝にかけての、主にチャーター便の発着が他の空港に変更になったりしている。



新しいターミナル2の到着ロビーショパン像の大きなパネルが掲げられ
今年は私の年、私のゲスト達を歓迎して下さい!」と書かれている。

が、この空港閉鎖は一時的にしろ利用客にかなりの混乱を与えているようだ。
滑走路の閉鎖があることは今年の初めにはすでに発表されていたのがだ
フライトスケジュールの変更の詳細などが分ったのはかなり最近のことだ。



特に困っているのが、発着陸の空港が変更になった利用客だ。
急にフライトが増えた地方の空港でかなりの混乱が起きていると言うことだ。

実は、私の家族も5日の日曜夜11時過ぎににマヨルカ島の休暇から帰って来る予定なのだが
ワルシャワではなく、北に450キロも離れたグダニスク空港に着陸することになった。

そして、直ちに旅行会社が手配したバスに乗り換え、5~6時間かけてワルシャワに帰って来る
私の家族は翌日休みだからいいのだが、同行している友人の一人は月曜に仕事があり
月曜朝6時頃にワルシャワ到着後、そのまま会社に行かざるを得ないと言うことだ。
ちょっと気の毒・・・



ショパン空港に来るといつも思い出すのが、すでに御紹介したショパン風刺画展のこの漫画だ。
ポーランドの超有名人であるショパンを空港の名前にするのは、マー当たり前と言えば当たり前。

でも、ショパンから見ると「そんなにあちこちに引っ張り出さないでよ。ブーン、ブーンとうるせーな
なんて言っているかも・・・



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[ 2010/09/05 04:49 ] ショパン生誕200年 | TB(0) | CM(16)

ショパン博物館にまつわる「金のアヒル」伝説 



金のアヒル」、ショパン博物館になっているワルシャワのオストログスキ宮殿にまつわる伝説だ。
博物館の裏は小さな広場になっているが、その片隅の噴水の真ん中に金のアヒル像がある。

これが今日の主人公だ。



ショパン博物館のオストログスキ宮殿。第二次世界大戦で破壊され、戦後復原された。
この宮殿16世紀の末に建設され、最初はポーランドの国会として使われていたそうだ。

しかし、17世紀にスウェーデンとの戦争で荒廃した上、ビスワ川の氾濫で地下室部分が
度々水浸しになり、一時は気味の悪い場所とみなされるようになったと言う。

いつしかこの地下室のどこかに財宝を隠し持つ金のアヒルが住んでいると噂されるようになった。
そして、この近くに住む貧しい靴職人の若者がこの金のアヒルを探しに地下に入った。



ところで、金のアヒルのアップを撮ろうと近寄ると、サーと陽がさし・・・ウァー!何と虹がかかった!

伝説に戻るが、若者地下の奥深くで1羽のアヒルが泳いでいるのを見つけ近寄った。
すると、アヒルは突然、金髪に金の冠を被ったお姫様に変身若者に何をしているのかと尋ねた。

若者が願いごとをかなえてくれると言う金のアヒル伝説を確かめに来たと告げると
お姫様100枚の金貨若者に渡し、日没までの1日に金貨を使い切れば全財宝を進呈する。
しかし、たった一枚の金貨でも他人のために使ってはならないと告げたそうな。



翌日、若者は日の出とともに街に出て、洋服から金の馬車までを買い、豪遊を繰り返した。
だが、まだ1枚の金貨が残っていた

金のアヒルに再会するため宮殿近くに来たところ、パンを乞う哀れな元兵士を見つけ、思わず
最後の金貨を彼に与えた。その瞬間、買ったものすべてが消え、もとの貧乏な姿に戻ったと言う。

するとこの老兵士若者に、「これはお前が儲けた金ではない。これからお前はもっと稼ぐ
幸せは健康と腕前、そして賢い頭の中にあるのだよ」と諭したそうな。

若者は笑顔を取り戻し、一生懸命働いて立派な靴職人になり、幸せな人生を送ったそうである



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[ 2010/09/03 04:48 ] ショパン生誕200年 | TB(0) | CM(8)

ショパン像の歴史写真展 



ワルシャワのワジェンキ公園一番美しいと言われるショパン像があることはお伝えした。
その公園部分への入り口でショパン像の歴史を紹介する珍しい写真の展示が行われている。



これは1926年11月14日、今から84年前に行われたショパン像の除幕式

ショパン像を作る計画100年前のショパン生誕100年を目処に、19世紀末に始まった。
しかし、当時のポーランドはロシア、ドイツ、オーストリアによる3国分割下で、国がなかった

第一次世界大戦が勃発、戦後独立を回復してから、このプロジェクトはやっと実現した。
そして、ポーランド人の愛国心、祖国愛のシンボルとなる。



ところが第二次世界大戦ポーランドを占領したナチス・ドイツ軍によって破壊されてしまう。
ドイツ軍がポーランドで破壊した最初の像がこのショパン像だった
ポーランドをドイツ化する上で、ポーランド人の心に響くショパン像は邪魔者だったのだ。

この写真は戦争が終わった1945年のいつかは不明だが、ショパン像の台座を国旗で覆い、花輪を飾って大勢の市民がまるで葬儀のような追悼を行っている



左側はショパン像を作った彫刻家のヴァツワフ・シマノフスキ。1930年の撮影。
この作品はコンクールで選ばれたが、奇抜なアイデアだったことからいろいろな批判もあった。

しかし、ポーランド人に郷愁を感じさせる心象風景、風に揺れるヤナギに耳を傾けるショパン。このショパン像は多くのポーランド人の共感を得たのだった。

右側は戦後、ポーランドの共産党政権下で始められたショパン像の復元作業
ショパン像は1958年5月に見事復元され、18年ぶりに同じ場所に設置された。


普段の日でも、満開のバラが匂うこの場所には市民や観光客が絶えることはない



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[ 2010/08/04 05:59 ] ショパン生誕200年 | TB(0) | CM(8)

「ショパンの微笑み」~ショパン風刺画展 



ワルシャワの旧市街のすぐ近くにあるコジャ通り、ここに風刺画美術館がある。

日本のような漫画、アニメではなく、ポーランドでは風刺画が昔から盛んである。
特に、共産主義時代は庶民の不満のはけ口として政治の風刺漫画が流行ったものだ。

この美術館で今10月までの予定で「ショパンの微笑み」と題した展覧会が行われている。
今年はショパン生誕200年、世界中から応募のあった作品の中から200点ほどを選んで展示してある。



これはまさにショパンの微笑み。そして、見えた歯にも音符が並んでいる。



ショパン年に因んで横断歩道を五線譜に書き変える・・・なるほど、いいアイデア!

右の風刺画は、ワジェンキ公園にあるショパン像の下で盛装の男性がピアノを弾いているが・・・
ショパンは何と耳に栓をしているではありませんか。ヒドイ、ヤメテ!ってな感じなんでしょうね。

5月から9月までこのショパン像の下で行われている日曜の生演奏
モウヤメテと言うようなものではなく、素晴らしい演奏で、毎回大勢の聴衆が訪れている。



5年毎に行われる国際ショパン・コンクール、今年の10月にワルシャワで開催される。

が、ピアノを弾いているのはアジア人ばかり、赤い帽子(ポーランド国旗の象徴)が
ほんのちょっとだけ見えるがアジア人の群れに押しつぶされそう・・・

ショパン・コンクールには毎回、日本、中国など極東からの参加者が多いことを皮肉った漫画だが
私は決してそれを批判的に描いているものではないと思う。

この国の人達はショパンが、そしてこのコンクール国際的に評価されていることを誇りにしている
ポーランド人よガンバレ!と言うメッセージだと私は解釈する。



これはちょっと注釈が必要だ。ワルシャワ国際空港フレデリック・ショパン空港と言う名前だ。
それをちょっと皮肉ったと言う訳である。



最後に、日本関連の風刺画
左がクラシック・スタイルの盆栽。そして、今年流行の盆栽が右側。
何と、盆栽までショパン・スタイル!

美術館のあちこちで、クスクスと笑い声が起きていたが、果たしてショパンは微笑んだであろうか?
因みに、この風刺画美術館の入場料は5ズロチ(約140円)、土曜日は無料だ。


(作品については、風刺画美術館の管理責任者の許可を得て撮影しました。)



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[ 2010/07/01 04:09 ] ショパン生誕200年 | TB(0) | CM(20)